長男は技術系ですが、住宅建築とは無関係の企業に勤めています。「会社を辞めて帰ってこい、当たり前だろう」と話をした途端、大揉めとなりました。
少し冷静になり、何度か家族会議をすることにしたのですが、今後どのように進めていけば良いでしょうか?
(工務店社長・63歳・スタッフ10名・東北地方)
ご家族で揉めてしまう、ありがちなケースですね。
前回記事でもご紹介しましたが、事業承継には大きく次の3つの方法があります。
1.親族内承継
2.従業員承継
3.M&A(第三者への売却)
今回は「1.親族内承継」、とりわけご長男に事業を譲る「親子間の承継」について、私の経験も踏まえ解説したいと思います。
前回の127回記事はこちらです。
親族内承継とは?
「親族内承継」とは、会社を家族や親族に引き継ぐ方法です。
「親族」とは、社長の子ども(息子、娘、娘婿を含む)、社長の兄弟の子ども(甥や姪)、社長の奥さま、社長の弟や妹などです。
親族内承継は、必ずしも親子でなくても、「他人より安心感がある」「事業のことを理解している」など承継しやすい条件が整っているため、多く行われています。
いまでも多い「親子間承継」
親族内承継でも、一般的に多いのは「親子間承継」です。
中でも多く見られるのは、社長からご長男に引き継ぐケースです。
しかし、ご長男が承継しない場合、次男さんや娘さん、娘さんのお婿さんというケースもあります。
「暗黙の了解」が悲劇を呼ぶ?
親子間承継の場合、ありがちなのが「暗黙の了解」。
ここでの「暗黙の了解」とは、「親である社長から長男に承継するのは当たり前」と、社長や家族・その周辺も、なんとなくそう思っている空気感をいいます。
ところが、事業承継を考える時期になって初めて承継についての家族内会議を行うと、ご長男に「その気が全くない」と断られるような事態が起こります。
このような状況を避けるためにも、できるだけ早い時期に家族で話し合い、意思疎通を図っておきたいものです。
親子間承継のメリット・デメリットと留意点
親子間承継のメリット・デメリットと留意点をまとめます。(前回記事と重複します)
親子間承継のメリット
・関係者(社員、職人さん、取引先、金融機関など)からの理解が得られやすい
・後継者に会社のノウハウを伝承しやすい
・相続対策を早く始めることができる
親子間承継のデメリット
・適切な後継者が見つからないことがある
・親族間の争いが起きる可能性がある
・新しい経営手法の導入が遅れることがある
親子間承継の留意点
・後継者本人の意思確認…親はそのつもりでも、本人にその意思がないケースは多い
・本人の経営者としての資質…社内での実務習得や、経営者としてのノウハウを学ぶ時間が必要
・早めの計画…5年~10年をかけて経営者として育てていく計画を立案する
・早期の相続対策の検討…相続は思いのほか手間がかかることが多いので、早めに検討を始める
親子間承継の「モメごと」
そもそも事業承継は、「社長」から「新社長(または候補)」に事業を引き継ぐことです。
ところが親子間承継の場合、「親」から「子」に引き継ぐため、承継の進め方が客観的・論理的ではなく、主観的・感情的になりやすい面があります。
これは、親にも子にも同様の傾向が見られます。
親子は簡単そうで難しいもの…
親から見れば、子どもはいつまでも子どもです。
一方、子どもにすれば、社長として尊敬はするものの、自分は成長したのだから大人として扱って欲しい、という面があります。
これこそが、親子がなかなか噛み合わない理由ではないでしょうか。
工務店の「事業承継あるある」
私がこれまでに拝見してきた、社長ご家族の「承継あるある」をまとめてみました。
社長(親)の「あるある」
・息子だから引き継ぐのは当たり前、だと思っている
・息子はまだ半人前だから、社長の言うことを聞くべきである
・客観的な教育やマニュアル化が苦手
・息子の進言を素直に聞くことができず、否定から始めてしまう
・社長の価値観を押し付けてしまっていることに気づいていない
新社長候補(息子)の「あるある」
・「息子だから」という理由で引き継ぐことに対して抵抗がある
⇒社長としての自信があるわけではないし、「家業だから」と言われても納得いかない
・そのつもりで社内をあらためて観察すると、問題点が山積していることに気づき、それを社長にストレートに進言してしまう
⇒社長は、社内の問題に関して「息子には言われたくない」という気持ちが強く、感情的になりやすい
総務経理部長(社長奥さま)の「あるある」
・社長とともに苦労してきたので、社長の言い分は分かるが、息子も守りたい
・時として「父子の親子喧嘩」になるが、その狭間で意図せず火に油を注いでいることも…?
親子間承継を円滑に進めるために
社長(親)はできるだけ冷静に、新社長候補(子)に、社長として必要なノウハウを伝える姿勢が大切です。
また新社長候補(子)は、社長(親)に対し、社内で気がついた問題を提起するだけではなく、その解決策の案をレポートにして社内改善を提案するようにします。
仮に解決策の案が不十分であっても、「社長(親)と一緒に、その案の修正を検討する」という協力関係ができると、徐々に相互理解が進みます。
業務を親子で分担する方法もOK
新社長候補(子)の業務を、最初は社長(親)の業務と分けるのも一つのアイデアです。
例えば、リフォーム部門は社長、新築部門は新社長候補と、担当を分けて領域の侵犯がないようにする方法もあります。
工務店の新社長候補に必要なスキル・能力
引き継ぐ際には、社長に必要な資質やスキルも考慮したいものです。
以下、工務店の社長(経営者)に必要な3つのスキル・能力をまとめました。
工務店社長に必要な「3つのスキル」
1.コンセプチュアルスキル
「コンセプチュアルスキル」とは、自社のコンセプトの設定や見直し、コンセプトの社内外への浸透、論理的思考力、問題解決力、先見性などの能力です。
2.ヒューマンスキル
「ヒューマンスキル」とは、人間関係やコミュニケーション能力、協調性、プレゼンテーション能力、リーダーシップ、社員のマネジメントなど、社内・顧客・取引先と円滑で良好な関係を築く能力です。
3.テクニカルスキル
「テクニカルスキル」は、住宅建築や営業に関する知識や必要な技術、WEBマーケティングのノウハウ、財務や経理の知識、社員教育などの指導的な能力のことをいいます。
工務店社長に「特に必要な能力」とは?
上記の能力を完璧に持っている社長は稀です。
しかし、工務店の社長になる以上は、この中でも特に、
■ 営業に必要な、住宅の知識や経験
■ 職人さんを含む、外注先とのコミュニケーション
■ 会社経営に必要な財務の知識
などは持っておくべき能力だと思います。
親族間承継の流れ
事業承継はかなり時間がかかります。
理想としては、承継の10年前から準備を始めることが望ましいでしょう。
早期に計画を立てることで、後継者の育成や財務面の整理に十分な時間を確保できます。
(1)現状分析とスケジュール設定
・会社の現状を分析し、課題や強み弱みなどを新社長候補と共有する
・承継の目的やビジョンを明確にする
・承継のスケジュールを設定する
(2)後継者の育成
・新社長候補の経営スキルや業界知識などの教育・研修を実施する
・徐々に責任を増やす
・従業員・職人さんや取引先ともコミュニケーションをとり、信頼関係を構築する
(3)組織体制の整備
・随時、時代に合わせた就業規則や各種制度の見直しを行う
・必要な人材を確保する
(4)財務・法務の手続き
・税務対策を検討し、最適な事業承継(贈与、相続、売却など)を選定する
・法的な手続きの検討を行う
(5)事業承継の実施
・事業承継を実施し、社内外に対して公式に発表する
・新社長候補が正式に新社長として就任し、業務を引き継ぐ
(6)フォローアップ
・前社長は新社長の相談に乗り、社内外の問題解決に協力する
親族間承継における、その他留意点
保証債務について
会社が金融機関からの資金を借り入れる際、現社長の時代には、社長が「連帯保証人」になるのが当たり前でした。
そのため親族間承継の際も、「後継者が連帯保証人になるのは当然」と考えてしまいがちです。
しかし、今は連帯保証をするケースは減っています。
これは
・「経営者保証に関するガイドライン」(平成26年2月)
・「事業承継時に焦点をあてた「経営者保証に関するガイドライン」の特則」(令和元年12月)
・「経営者保証改革プログラム」(令和4年12月)
など、金融庁・経済産業省・全国銀行協会などが連携して、経営者保証をなくす方向で進んでいるためです。
この背景には、後継者である息子さんが「現社長が作った借入金なのに自分が保証人になるのなら継がない」と拒否するケースがかなりあり、貴重な後継者がいなくなってしまう本末転倒な状況が散見された、という事情もありました。
ただ、金融機関によって対応が違う場合もあるため、必要に応じて専門家と相談しながら金融機関と交渉すると良いでしょう。
おわりに:「意思疎通」が大切です
親族間承継、とりわけ親子間承継は、家族内での意思疎通ができていれば、もっともスムーズにいく承継方法だと思います。
住宅業界は、新築マーケットは減少傾向、リフォームは競争過多であり、勝ち残るためには、常に新しい経営を創意工夫する姿勢が必要です。
新社長就任を機に、社員、協力業者さんが一丸となるような体制を構築し、柔軟でスピード感ある運営をしていきましょう。
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