いきなりそんなこと言われても困りますが、とはいえ、これからどうするかも考えなければいけないとも思っています。
うちみたいな小さな工務店をM&Aする会社なんてあるのでしょうか? どういう仕組みですか?
そもそもM&Aが何なのかもよく理解していません…。
(工務店社長・54歳・年商5億円・愛媛)
同じようなご相談を、数年前からしばしば受けるようになりました。
皆さん、ちょっとだけ嬉しそうな顔で来られます。お気持ちは分かります。
最近はテレビやYouTubeなどでM&A会社の広告を目にすることもあり、気にされている方も多いと思います。
さて、前回記事でもご紹介しましたが、事業承継には大きく次の3つの方法があります。
1.親族内承継
2.従業員承継
3.M&A(第三者への売却)
本記事では「3.M&A(第三者への売却)」について取り上げます。
工務店のM&Aとはどういうものか、「買い手」目線と「売り手」目線のそれぞれ期待すること、そしてM&Aの流れや注意点などを解説します。
前回の128回記事はこちらです。
M&Aとは?
M&A(エムアンドエー)は「Mergers and Acquisitions」の略で、「企業の合併と買収」と訳されています。
事業承継の方法の一つで、他の企業や投資家に事業を売却するものです。
適切な後継者がいない場合に利用されます。
「売り手企業」(譲渡側)と「買い手企業」(譲受側)が細かな条件交渉を行い、売買条件を合意した後に、M&Aが成立することになります。
工務店でもM&Aは多い
後継者がいない工務店にとって、M&Aは「会社をどうするか?」の有力な選択肢となります。
そのため、近年M&Aは地場工務店でも活発に行われています。
私の直接知る会社だけでも、この数年で少なくとも3~4社がM&Aをしています。
ただし、簡単に買ってもらえるわけではありません。段階を踏んだ丁寧な準備が必要です。
M&Aのメリット・デメリット
M&Aには次のようなメリットやデメリットがあります。(127回記事と重複します)
M&Aのメリット
・事業の継続性を確保する
・従業員の雇用を維持する
・顧客サービスの継続ができる
・社長の引退後の経済的な安定が見込める
M&Aのデメリット
・売り手企業の経営方針と買い手企業の方針が一致しない
・顧客管理の質が低下する可能性がある
・従業員のモチベーション低下の可能性がある
・ブランドイメージが変化することがある
なぜ「うちみたいな工務店」を買うのか? -「買い手」目線でみるM&A
ご質問のように「うちの会社に、興味を持たれるほどの価値があるのか?」と不思議に思われる方もいるでしょう。
ここでは、工務店を買う側の企業(買い手)は「何を目的としているのか」「期待しているものは何か」を見ていきます。
「買い手」企業の目的とは?
買い手企業には様々な目的や意図があるため一概には言えませんが、その動機は次のようなものが考えられます。
・事業ボリュームの拡大…売上を増やしたい
・営業エリアの拡大…地域一番工務店がさらに営業エリアを拡大したい
・本業との相乗効果…大型量販店がリフォーム部門を構築したい
・ノウハウや技術の取得…独自のノウハウや技術を取り入れたい
・人材の確保…営業、設計、監督、職人などの人材が欲しい
どのような企業が買いにくるのか?
買い手企業の例として、次のような会社が挙げられます。
・同業種の企業…同じ地域の工務店やリフォーム会社
・同業他地域の企業…隣の地域の工務店やリフォーム会社
・商社や問屋…工務店やリフォーム会社に資材や設備を卸している会社
・大型量販店…異業種でリフォームに力を入れている企業
・全くの異業種…リフォームとはあまり関連のない企業
上記以外にも、まだまだ色々なケースがあります。
「買い手」企業のメリット、期待するもの
おおむね次のようなことを期待されています。
・営業エリアを確保できる
・顧客情報(リスト)が入手できる
・営業、設計、監督などの人材を確保できる
・資材や設備、職人さんなどの外注先が確保できる
・規模の拡大によるメリットが享受できる
売るときは何をすればいいのか -「売り手(工務店)」目線でみるM&A
小さな工務店でも欲しい理由が、なんとなくお分かりかと思います。
しかし「そうか、うちみたいな工務店を買ってくれるのか!」と喜んでいてはいけません。
「買い手」企業は、シビアな調査をした上でM&Aするかどうかを決定します。
M&Aのプロセスは複雑で時間もかかりますが、全体像を理解すると、より効率的に進めることができます。
ここでは「売り手(工務店)」目線で、売る際の準備の進め方、やらなければならないこと、社長の心構えなどについてご説明します。
工務店がM&Aで会社を売る際のプロセス(流れ)
1.準備段階
・自社の事業価値の評価…自社の強み、弱み、財務状況を客観的に分析する
・M&A目的の明確化…「なぜM&Aするのか」「どのような結果を期待するのか」を明確にする
・専門家の選定…M&A、法務、税務などの専門家の選定
・秘密保持契約(NDA)の締結…専門家はもとより、買い手を探すM&A会社等とは必ずNDAを締結する
・買い手候補者向け企業情報の作成…会社名など具体的な情報は伏せた企業情報を作成する
2.交渉の準備
・デューデリジェンス用資料…情報開示用の会社情報を準備・作成する
・自社デューデリジェンスの実施…企業価値の評価や適正な売却価格の検討を行う
事前に売り手企業もDDを実施し、自社の正当な価値や評価、問題点などを把握しておく。
買い手企業がDDを実施した後に何らかの問題が発覚すると、信頼関係を損ないM&Aは不成立になることが多い。
3.買い手(候補先)の探索
・候補者リストの作成…企業情報をもとにM&A会社、銀行などに探索を依頼する
・買い手候補者が見つかった場合…買い手候補者と秘密保持契約(NDA)を締結する
・初期的な情報提供…会社概要や財務情報の一部の提供を行う
4.買い手候補者との初期交渉
・買い手側の提案書…候補者から買収条件の提案を受ける
・条件交渉…売買価格、支払方法、従業員の処遇などについて交渉を行う
・経営トップ同士の面談…双方の経営に対するポリシーや姿勢などを理解する
・基本合意締結…優先交渉権の付与をする
5.買い手候補者のデューデリジェンス(DD)の実施
・資料の開示…DDに必要な資料を、買い手候補者に開示する
・質疑応答…買い手候補者からの質問に適切に回答する
・問題事項への対応…DDで発見された問題点に適切に対応する
6.最終契約交渉と契約の締結
・最終条件の交渉…DDの結果を踏まえ、最終的な条件を詰める
・契約書の作成と確認…法務アドバイザーと共に契約書を精査する
・最終契約書の締結…契約書に署名し、M&Aが完了する
7.M&A契約後の対応
・代金受領…合意された方法で対価を受領する
・従業員への説明…社員に対し、状況と今後について丁寧な説明を行う
・顧客対応…顧客に対して丁寧な説明と挨拶を行う
・経営移行の支援…必要に応じて一定の期間支援する
売り手(工務店)側の注意点
・秘密保持…プロセス全体を通じて、情報管理に細心の注意を払う
・タイミング…各ステップに十分な時間を確保しつつ、全体のスピード感を維持する
・専門家の活用…複雑な局面では、専門家の助言を積極的に求める
・感情の管理…理性的な判断を心がけ、感情に流されないようにする
M&Aプロセスは案件ごとに異なることが多いのですが、基本的にはこのような流れとなります。
自社の状況に合わせて、柔軟に対応することが重要です。
工務店の場合、会社の資産がどのくらいあるかにもよりますが、良い土地や有効な事業用地を持っていれば高く評価されることもあります。
顧客管理重視のM&A戦略~自社のお客さまフォローを考える
工務店は「自社の持っている顧客の価値」に気づいていないことが多いように思います。
実は、買い手側は顧客情報(リスト)にも大きな関心があります。
もし仮に500件の顧客情報があれば、M&Aで一気に500件の顧客を獲得できるのです。
1から始めることを思えば、極めて効率的です。
売り手(工務店)側の社長は、その大事な顧客(お客さま)をしっかりフォローしてもらえるかどうか、見極めなければなりません。
そこで、円滑なM&Aを実現するための、売り手(工務店)側から見た「買い手企業チェックポイント」や、移行の際の留意点をまとめます。
工務店側が見る「買い手企業チェックポイント」
・顧客中心の経営理念を持ち、かつ実践している企業か
⇒例えば「アフターフォローを具体的にどのように実施しているか」を確認する
・地域密着型のサービスを提供している実績があるか
・従業員教育に力を入れている企業か
⇒例えば「従業員教育をどのように行い、何を重視しているか」を確認する
「顧客管理に対する姿勢」を特に重視
買い手企業の「顧客管理の具体的な実施状況」を確認します。
・顧客満足度調査の実施状況
・クレーム対応の体制
・アフターサービスの充実度
・顧客データベースの管理状況 など
段階的な権限移譲で、お客さまに安心感を
急激な変化は、顧客離れを招く可能性があります。
お客さまフォローを最優先にするためには、買い手側の新社長が就任しても、売り手側の社長(現社長)にアドバイザーとしてしばらく残ってもらうことです。
このような移行措置を行うとスムーズにいくことが多く、顧客・社員・取引先などの不安の払拭につながります。
スムーズな移行のポイント
・1年は売り手側社長(現社長)がアドバイザーとして残る
・顧客への挨拶回りを行い、丁寧な説明を行う
・職人さんとの関係維持のための環境を整備する
・徐々に新経営陣への権限移譲を進める
「売り手(工務店)」が黒字企業か、赤字企業か
黒字企業の場合は、デューデリジェンスの結果をもとに、売買の価額の交渉で進みます。
赤字企業や、黒字でも借入金が過剰にある場合は、「事業再生」手法などを組み合わせてM&Aを行うことになります。
事業再生は国も重視している政策であり、規模や状態など案件ごとにスキームは変わります。
※このような場合は、弊社で随時ご相談を承ります。
【最重要】やってはいけない! 情報もれ
「ついうっかり」はダメ、情報管理の徹底を!
M&Aは合意に至るまで1年以上かかる場合もあります。
その間、情報が漏れないようにすることが非常に重要です。
特に、社員、取引先、金融機関などに対して「社長自らポロっと話してしまう」ことがないようにしてください。
誰かに話せば、すぐに噂がその町全体に広がり、まとまるものもまとまりません。
さらには社員のモチベーションの低下を招き、業績悪化さえ起こり得ます。
くれぐれも情報管理は慎重に行ってください。
おわりに:関係者全員が「良かった」と思えるように
事業承継の方法としてM&Aがあります。
M&A後の顧客や社員、職人さんたちがどうなっていくのかは、大変気になるところです。
M&Aは「売り手」と「買い手」が合意しなければ成立しません。
妥協できるところ、できないところをしっかり交渉し、関係者全員が笑顔になれるようにしたいものです。
こちらもご参考に
動くときは十分に知識を得てから
国内のM&A会社は3,000社以上あるといわれています。
皆さんの会社にも、M&A会社から「一度面談しませんか?」というDMやTELが来ることがあると思います。
M&A会社は成功報酬が一般的であるため、ひたすら「売り手」「買い手」を探しています。
話を聞くだけなら良いのですが、深く考えずにM&Aを進めてしまうと、誰も幸福にならないことがあります。
心の準備と、M&Aの知識を吸収してから行動を起こすことをおすすめします。
M&A詐欺にも注意を
気をつけていただきたいのは、最近はM&A詐欺も散見されることです。
M&A詐欺には、
・買い手企業が、売り手企業の資産だけを譲受し逃げてしまう「吸血型M&A」
・買い手企業が存在しないのに、存在するように見せかけて手数料だけ取って逃げる
・売り手企業にM&A交渉の状況報告をせず、契約直前に契約せざるを得ない状況に追い込み成功報酬を請求する
などがあります。
なぜこうなってしまうのか。
その原因はやはり、売り手企業経営者の「M&Aに関する知識不足」によるところが大きいと思います。
「事業の維持と継続」は、工務店にとって大きな課題です。
M&Aは「誰に事業を引き継ぐか」の選択肢の一つですから、十分に理解したうえで検討するようにしましょう。
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